暗くて愚かなニクいやつ。

俺はお前を殴らないからお前も俺を殴らないでおくれ

思えば負け続けてきた人生。

こんばんは、あんぐろいどです。

 

『暇になると人間は悩む』みたいな言葉もある通り、

家の中にいることが増えた最近の僕はよく悩んでいます。

生活のことだったり、仕事のことだったり、将来のことだったり。

 

あとはなんというか、それ以外の

『自分の内面のこと』みたいな部分で悩んでいます。

もっとここで努力しておけば、とか、あのときあれをやっておけば、とか。

 

それで最近よく思うのが、

「思えば俺の人生、負け続けてきたなあ」ということ。

 

わかりやすいところで言えば、学生時代の学力テストは中学時代まで散々だったし(底辺私立高校時代は周りがあまりにもヤバすぎて秀才の位置だったけど、一歩外に出ればただのアホだった)、

運動部で活動していたときも目覚ましい記録を残したり試合に勝ったりできなかった。

他人に努力の差で負けたり、誘惑から逃れられずに自分に負けたり。

今振り返るとたくさん負けてきたなあって思います。

 

 

 

まあ色々なことで負けてきたけど、中でもとりわけ印象が強いのは

初恋の人関連かな。

初恋の人については下記の記事内でもちょろっと語ってます。

 

www.angrokuraoro.com

 

 

 

僕の初恋の人は真面目で勉強ができて、生徒会にも入るような優等生でした。

対する僕は先ほども言ったようにカス中のカス。

まさに天と地ほどの差。

 

ある年の体育大会の閉会式の時でした。

 

壇上で話す先生の前、グラウンドで体育座りしていた一般生徒の僕とは離れたところに、初恋の女の子が座っていたんですよ。

先生の方を向いていた僕から見て、90度右の方向。

 

生徒会役員だったので、

閉会式の中で国旗校旗を下ろす役だったみたいです。

 

旗は『国旗』と『校旗』の2種類あったので、人手は2人分必要です。

そこにいたのは彼女の他にもう一人。

彼女の隣には、同じく生徒会の男子

文武両道で、コミュ力があって、男女問わず人気な子でした。

 

その二人が仲睦まじそうにお喋りをしている姿を見たときに、

思っちゃったんですよね。

 

「人間ってなんだかんだ、同じぐらいのレベルの人とつるむようになるんだな」

 

みたいなことを。

 

 

 

もちろんそれは当時そう感じていたということで、

今となっては人を『レベル』で区切ることの無益さはわかっているつもりです。

 

でも真面目に勉強に取り組んできた子たちが高偏差値の学校に集まるように、

勉強に対し不真面目だった子たちが低偏差値の学校に集まるのは、

乱暴な言い方をしてしまえば、自然なことじゃないですか。

モロに勉強に対して不真面目で低偏差値の高校に進学した僕は、

それを身をもって思い知りました。

 

もちろん不真面目だけど地頭の良さで好成績を残す人とか、真面目にやったけど志望校に受からなかった人とか、

努力や家庭環境や運の差も大いにあるので一概にそうとは言い切れませんが、あくまでも傾向として。

 

 

 

卒業前にその女の子に玉砕覚悟で告白してフラれたことも、

いいようによっては『敗北』ですよね。

 

自分の切なる想いを相手に届ける努力が足りなかった、という意味では敗北だと思います。

自分ではそう思っています。

 

まーその敗北があるからこその今の僕だと思えば、決して悪くもないですけどね。

むしろ大切な青春の1ページ。

そのページも含めて、全体的に灰色な青春時代だったのは思い出すだけで悶えそうになるけど。

 

 

 

まあ目先の勝敗よりも大事なことはたくさんあるとは思うけど、

たとえ目先であっても勝利を積み重ねることは自信にも繋がるじゃないですか。

 

だから実際には大したことない事柄であっても、

『自分は勝利した』という暗示をかけることは必要だと思うんですよ。

 

自室でダラダラ過ごしていることに危機感を覚えて、

「15時までにあの椅子に座って勉強を開始しよう。それができたら俺の勝ちだ」

みたいな。

そういう『小さな勝利』の積み重ねが将来的に、

もっと『大きな勝利』を呼び込むんだと思います。

 

まあTwitterなんかでよくある、

「俺が間違いを指摘したら相手から反論がなかった!よって俺の勝利!」

みたいなのは無意味だと思いますけどね。

Twitter上にはマジでたっっっくさんいるけど。

あくまでも対自分への勝利条件を定めておくことが大事なんだと思います。

 

 

 

恋人の有無を『勝ち』『負け』とする世間の風潮もあるけど、

人と人との縁なんて偶然の要素が大半だと思うし。

 

今幸いなことに僕には彼女がいますけど、

少なくとも僕が彼女と一緒に暮らせるようになった要因は、

大部分が偶然の産物です。

 

スポーツみたいに明確な勝敗の付け方が存在しない事柄においては、

いかに自分に勝つかが重要なのではないでしょうか。

 

「恋人がいないから負け」みたいなあやふやな世間の基準よりも、

「恋人を作るために能動的に色々な努力をして、以前よりも魅力的な人間になれたから勝ち」みたいな、

『いかに自分に勝つか』を重視する方が、長い目で見たときに建設的でしょう。

 

恋人がすごいから私もすごい、みたいに他人に依存するより、

私がすごいから私がすごい、と自分に依存できればそれで十分な気がする。

 

 

 

いい加減な雑記ブログなので「そのためにこうしましょう!」みたいなことを根拠を持って言えないけど、

とりあえず僕は自分で決めた『勝利の基準』を一つずつクリアしていって、

自分に打ち勝つ努力をするところから始めたいと思います。

 

なんか最後まで抽象的だったけど、

とりあえず悩んでる暇があったら体動かそうぜーって話でした。

少なくとも僕は頭脳がアホだし、考え込んだところで及第点をもらえるような答えを導き出せるわけでもないから、そうやって生きることにします。

 

とりあえず今日は「ブログ何のネタにしよう……」と悩む前に、

とりあえず書き始めることで自分の怠けたい心に勝利しました。やったぜ。

 

そんな感じで、今日はこの辺で。

あんまりまとまってなかったけど、最後まで読んでくださりありがとうございました。

それでは、あんぐろいどでした。