暗くて愚かなニクいやつ。

俺はお前を殴らないからお前も俺を殴らないでおくれ

【(僕の)トラウマ回】時の流れが傷を癒すことも……事実あるみたいですよ……

辛いか?」

 

「……はい、辛いです。率直に」

 

「まあ、さ。大丈夫だよ」

 

「……何が、大丈夫だって、言うんですか」

 

「上手い解決策が見つからない。いくらもがいても失敗する。辛いよな。でもそんな気持ちは、いずれ時間が解決してくれる。時の流れが、何よりの薬だ。そこまで背負い込む必要なんざねえよ」

 

「そんな…… そんなの、まやかしだ!綺麗事だ!そんなこと、あるはずがない!!」

 

「まあ、落ち着けよ。これは体験談だ。俺のな。もう何十年も前の話さ。あの頃の俺は、でかい感情に振り回された。まさに、今のお前と同じでな。当時は辛かったもんだが、それも今じゃ、大切な俺の一部さ。全てに感謝するわけではねえが、そういう形に心をシフトすることで、精神の健康は保たれた。そしてお前はまだ若い。時間がある。傷を癒すには十分な時間がな」

 

「……いや。やっぱり嘘だ。僕の中にあるこの怒りが、憎しみが、いずれ風化するなんて思えない!時間が解決してくれるなんて、そんなことはありえない!僕は一生、この負の感情を背負って生きなきゃいけ」

時間が解決してくれました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!過去のトラウマを!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!こんばんは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!あんぐろいどです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

……はい。

というわけで、気づいたら過去の傷が時間の経過によって癒えていたという話。

 

人間生きていれば、少なからず心に傷を負うものだと思います。

脆弱な大人グランプリ地区予選を勝ち抜けるぐらいのガラスのハートを持っている僕もその例に漏れず、心は傷だらけです。ガラスのハートがパリパリン。ついでに今使っているスマホの背面もパリパリンぴえぴえんって感じです。

 

特に幼い頃の傷というものは、まだ心が未成熟なのもあって、傷を受けたときのダメージは大人の今より大きいものなのではないでしょうか。

ちなみに僕は次誕生日を迎えると25歳になるのですが、未だに心は未成熟です。赤く熟すそのときまで悩むから、せめて不甲斐ない僕らの自由の実を切り取らないでおくれ。

 

上手く生きられない自分だけど、死にたいと思ったことはあんまりありません。でも、死にたくはないけど、死ぬことで人生をまたやり直せるならやり直してみたいという気持ちは少しあります。

でも最近『僕だけがいない街』を読んだので、やり直したとて必ずしもいい結果を得られるわけじゃないよなあと強く感じました。うーん、横道それまくり。

 

 

 

さておき、過去の心の傷。

『幼い頃』という時期からは若干外れている気もしますが、

僕が中学3年生のときの話です。

 

以前からこのブログを読んでくれている方は知っているかもしれませんが、中学時代の僕はわりと行動力のある人間だったんですよね。

初恋の女の子に、ほぼほぼ好感度ゼロの状態で直接告白して玉砕するぐらいには行動力はあった。

そしておまけに目立ちたがり

目立ちたがりなのは今も変わらないけど、しかし今の僕は以前よりも行動力が低下しています。リンボーダンス決勝戦のバーぐらい低いです。

 

 

 

では行動力がある目立ちたがりが何を思い付いたか?というと、

それは文化祭のステージに立つということ。

 

小学1年生のときからの友達で、中学でも同じ部活だった子と二人で歌を歌うことになりました。選んだ曲は、今なら幅広い世代にその名前が浸透しているアーティストの、アップテンポな曲。

わりと急に思い至ったので、練習を含めた準備期間は1ヶ月もなかったかも。

僕がその曲を知らなかったのもあったから、結構忙しかった。

 

ステージの内容は、CD音源をバックに二人で分担を決めて歌う感じ。

楽器は弾けないからホウキでエアギターしようかな?とか、いつも学ランだから白のワイシャツで決めようかな?とか、結構楽しかった記憶があります。

 

 

 

そして迎えた、中学校生活最後の文化祭。

登場して拍手をもらい、全校生徒の前でいざ歌うぞ!ってときに、事件が起こりました。

 

BGMの音量がめちゃめちゃ小さかったんですよ。そんな過去へのあてつけとして文字はめちゃめちゃ大きくしました。

 

思えばリハーサルというリハーサルも、まともにやっていなかった。

本番前日にステージで「じゃあ本番は、上手から登場して、少し喋って、曲を流して、歌い終わったら下手からはける、って感じでお願いします」みたいな説明を係の生徒と軽く打ち合わせしただけだった気がする。

当時は「これこそがリハーサルか!」みたいな気持ちで、実際にCD音源を流さなかったことに何の疑問も浮かばなかった。

もう10年近く前の話だし、捏造された記憶だったらごめんなさいだけど、ともかく実際に曲を流して、「この音量感でお願いします!」ということはしていませんでした。

 

そんなトラブルもあり、しらけたような会場の空気。

僕にとっては地獄の4分半

何の知識もない素人の中学生だった僕は、その曲をアカペラ状態で光り輝かせる手段を知りません。

練習通り、音源があるものと思って歌い続けるだけ。

頭の中をマヒさせて、一応は最後まで歌いきりました。そして受け取るまばらな拍手。

下手にはける足取りからは『そそくさ』という擬音が付けられていたのではないでしょうか。

 

 

 

正直なところ、BGMさえ適正な音量だったら歓声をもらえた自信はありました。

 

そりゃ僕が天才中学生ボーカリストだったかと言われたら全然そんなことはないけど、大きく声を張り上げることでお馴染みの野球部の生徒なんて目じゃないぐらいの声量は出せたし、歌の技量に関しても決して音痴ではなかった。

「みんなの前で歌おう!」と思えるぐらいには自信があった。

 

一緒に歌った友人は生来の性格からかあまり気にしていなかったようだけど、対する行動力があって目立ちたがりの上に気にしいだった当時の僕はというと、そ〜〜〜りゃもう落ち込みまくり。本番から2週間ぐらいはめちゃめちゃ恥ずかしかった。

でも本番後にもらった「でも◯◯(僕)の声はよく通ってたよ」というフォローは少しだけ嬉しかった。

中学最後の文化祭だったし、その数ヶ月後に卒業したからよかったね。

 

そんな経験があったから、社会人になってから2年間勤めた結婚式の音響の仕事は「小さい音で場をしらけさせないようにしなきゃ!」という思いを持って取り組めましたと言えれば美談なんでしょうけど全く意識していませんでした。

苦き思い出を糧としろよ。

 

 

 

卒業後の高校にも少数とはいえ、同じ中学出身の後輩がちょくちょく進学してきたからヒヤヒヤした。

「あの先輩、中学でこんなことしてたんだぜ」と仲間内でヒソヒソされる感じが怖かった。実際にそれっぽいこともあったし。

当ブログアクティブ読者の方はご存知かと思いますが、僕は高校時代スーパー根暗だったので、「あの先輩、昔はこんな性格だったのにおかしいなあ笑」みたいな視線が突き刺さってけちょんけちょんになりそうだった。

今思い出しても全く平気というわけではないぐらいにはトラウマ。

 

僕の中では最上級のトラウマで、今まであまり人に話したくなかったものではあるけれど、10年近くの時が経ったことでブログのネタにできるぐらいには回復しました。だからみんな読んでね。

読んでもらったあとの本文で宣伝することでもないけど、みんな僕のこの体験談を読んでね。

 

 

 

そんな感じで、過去のトラウマも時間の経過によってブログのネタにできたよって話でした。

 

ぶっちゃけると現在進行形で心が苦しいけど、いずれ時間が解決してくれたらいいですよね。そう思ってた方が楽。

まあ時間が解決してくれる前に全てが終わってしまう可能性もあるけどしょーがないよね。諸行無常のぴえんあり。なんだそれ。

 

そして、長かった16連休も明日まで。なおのこと心がしんどい。

働かなくても最低限の生活費は保障される日本になればいいのに……無理か……マリカしょ。。。

 

そんな感じで、本日はこの辺で。

それでは、あんぐろいどでした。