暗くて愚かなニクいやつ。

俺はお前を殴らないからお前も俺を殴らないでおくれ

リハビリングガールズ‼︎〜もう一度、エタりを超えたその先に〜 #1「ピザ」

「きょーこちゃん!」

 俺の前の席に座る一色彩花(いっしき さいか)は身を乗り出し、彼女の左隣の席に座る女子生徒に話しかける。明るく無邪気な声色だ。彼女が動いた拍子に、頭の左側から垂らした、短めのサイドテールがぴょこぴょこと躍動する。

「はい」

 一色に返事をしたのは、ロングヘアーがトレードマークの雨地響子(あめち きょうこ)。一色とは対照的に、雨地はあまり感情を表に出さない女子生徒だった。聴く者によっては、彼女の声色を『冷たい』と評する者もいるかもしれない。

「ピザって10回言って!」

 そんな雨地に一色は、もはやベタ中のベタとも言える『10回クイズ』を仕掛けようとしているようだった。お題の『ピザ』というチョイスも、もはや古典的とさえ言えるほどにベッタベタだった。

 事の顛末を後ろの席から見守る俺は、雨地の返答に耳を傾ける。彼女はほんの少し思案してから、一色に返事をした。

「となると、まずはピザの定義をハッキリさせないといけないわね」

「それは定義がハッキリしていないものに使う言葉だぞ」

 たまらずツッコミを入れる俺だった。

 雨地はそのクールそうな外見やクールそうな声色に反して、ウケを狙うのが大好きな奴だった。ボケかツッコミかで言えば、間違いなくボケである。

「あら、孝太郎。いたの?」

「いるよ。ずっといるよ。俺の存在を忘れるなよ。この教室に残っているのは俺とお前たちだけなんだから、忘れてくれるなよ。ちなみにピザとは、小麦粉、水、塩、イースト、砂糖、少量のオリーブ油をこねた後に発酵させて作った生地を丸く薄くのばし、その上に具を乗せ、オーブンや専用の竃などで焼いた食品である」

「ずいぶんと詳しいのね」

「『ピザの定義は決まり切っているだろ』というツッコミを入れたものの、俺はピザに対して『美味い』以外の知識を持っていなかったものだから、何でも載ってるインターネット辞典で急いで調べたんだよ」

「だから語尾がインターネット辞典みたいに堅苦しい感じだったのね」

「もう、こーたろう!オトメの秘密会議は男子禁制だよっ!」

 サイドテールのオトメこと一色はそう言って、わざとらしく俺の机をバンバンと叩く。別に本気で怒っているわけではないだろうが、いつものようにオーバーなリアクションである。

「オトメは多分、『ピザの定義』とか言わないと思う」

「それはともかく、彩花。何の話だったかしら?三歩歩いたら忘れてしまったわ」

「鶏かよ。忘れるなよ。しかもずっと椅子に座ってるんだから三歩も歩いてないだろ」

「なんだっけ?わたしも忘れちゃった!」

「お前もかよ。話を振っといて忘れるなよ。教室にいる三分の二が鶏かよ。ピザだよ、ピザの話だよ」

「ああ、そうだったわね。フッ、それでは今から、心ゆくまでピザの話をしようじゃあないか」

「ピザというより、キザな口調だな」

 わざとらしくキザな口調で話す雨地だったが、表情はいつもの無表情だった。

「パスポート以外の、特定の国に入国するために必要なもの」

「わかった!ビザ!」

「彩花、正解」

「10回クイズからそういうクイズになったのか?」

「孝太郎も、ボーッとしてたら負けるわよ?」

「しかも対戦形式かよ」

「方位磁石の、『N』が示す方角」

「……北」

「孝太郎、正解」

「うあー!わかってたのに!」

「まだチャンスはあるわよ、彩花。じゃあ次。雨が降っている時に使うもの」

「かさ!」

「彩花、正解。次、『今日の朝』の違う言い回し」

「今朝?」

「孝太郎、正解。二人とも絶好調ね。次。緑の、地面から生えてるやつ」

「くさ!」

「彩花、正解。次、宇宙に行く人たちみたいなアメリカのやつ」

「……NASA?」

「孝太郎、正解。次、教会でするお祈りみたいなやつ」

「……ミサ、か?」

「孝太郎、正解。連続正解ね」

「ちょっと前から問題がガバガバだな……」

 出題文から知性の無さが滲み出ているぞ、雨地。

「それでは、最終問題。キミたちが今やらないといけないプリントの科目は?」

「……ん?おいおい、雨地。それだと答えが『ピザ』っぽくならないぞ。その答えは『日本史』だ」

 俺はてっきり、今の問題を出したのが雨地だと思い込んでいた。しかし続く声を聞いて、その声の主が雨地ではないことに気付く。

「そう、日本史だ。大正解」

 後方を振り向くと、そこにいたのは担任の湯沢真癒(ゆざわ まゆ)先生だった。一色と雨地も振り向き、一色は「やっべ」という表情で、雨地は無表情のまま固まる。

 

 そうだーー思い出した

 

 俺たち三人が、放課後の教室で席に座っている理由。

 それは、日本史の試験で赤点を取ったことによる補習だった。

 クラス二十人中、三人だけ赤点。だから俺たち以外に生徒がいないのだ。

「その日本史のプリント、私が退席した時に確認した進捗度と同じに見えるが?クイズに夢中で忘れていたかな?西岐孝太郎くん」

 湯沢先生は声を荒らげこそしないが、静かに怒る人だった。その語気には迫力がある。

 率直に言って、めっちゃ怖かった。

「……さ」

「さ?」

 続く言葉を、先生が促す。

「三歩歩いたら、忘れました」

「三分の三が鶏だったわね」

 ボケの雨地が、ツッコミを入れた。