暗くて愚かなニクいやつ。

俺はお前を殴らないからお前も俺を殴らないでおくれ

マンスリー伝説【小説再掲】(5000文字程度)

「この学校には、伝説があるの」

 図書室の受付。

 俺の右隣の椅子に座る月野先輩が、脈絡もなくそんなことを言い出した。

「はあ…… 伝説っすか」

「うわぁ~、興味なさそ~。顔こわ~い」

「顔については生まれつきですけど」

 先輩は声に抑揚をつけて、これっぽっちも興味が湧かない俺を哀れな目で見る。

「伝説なんて、いかにも眉唾な話なんで…… 話半分になら聞くっす」

「半分も聞いてくれるの?カワイイとこあるじゃん」

「……4割聞きます」

「カワイくな~い」

 月野先輩のうざ絡みをいなしつつ、俺は話の続きを促した。別に、話の内容自体に興味があるわけではない。

 ないのだが。

 1学期の終業式をつい先ほど終え夏休みに突入した今、図書室の使用率は極めて低い。学生人気1、2を争うビッグイベントの初日ーー正確にはまだ夏休みではないが、まあボーナスタイムのような今日という日に、少なくとも図書室が活気付くわけもなく。

 本棚の整理やら一部生徒の対応やら図書委員の仕事も全て片付いた今、時間だけはあった。先輩の話には毛ほどの興味もないが、時間だけはある。具体的には1時間ぐらい。

「……伝説ってなんですか?」

「んふふ、興味津々ね?」

 先輩は得意気な顔で俺に目配せした。「教えてほしい?ねえ教えてほしい?」と言って身体をゆらゆらと揺らしている。俺は、今自分が出来る精一杯の渋い顔をして見せた。

「も~、せっかちなんだから。いいわ、教えてあげる。感謝してね」

「偉そうっすね」

 喋りたくてしょうがなさそうだから聞く姿勢を作っているというのに、じれったい先輩である。

「この学校に伝わる伝説…… それは、ある日ある場所、ある時間に、あるポーズで願い事を叫ぶと叶うの」

「ずいぶんと不透明な伝説ですね」

「と、見せかけて」

 すると月野先輩はおもむろに立ち上がり、無駄な芸術性を感じさせる変なポーズをとった。掛け声を発したら、ヒーローに変身してしまいそうな勢いさえある。

「7月20日!図書室!午後1時!このポーズ!」

「は」

「日吉くんが、不幸のズンドコに落ちますように!」

 月野先輩のよく通る声を、すぐさまやってきた静寂が包み込んだ。

 今この場に、俺と月野先輩以外の人がいなくて、本当に良かったと思う。誰かに見られたら痛過ぎる。

「……演歌が上手くなりそうっすね、それ」

「全く動じてない!?」

「恥ずかしい先輩を見て冷や汗をかいたことが、今日イチの不幸と言えば不幸っすよ」

「やったあ!やっぱり伝説は本当だったのね」

 皮肉を込めたつもりなのだが、心底嬉しそうに笑みを浮かべる月野先輩。俺の不幸がそんなに嬉しいのだろうか。演歌歌手ばりのコブシで、調子づく先輩を軽く小突いてやりたいものだ。

「……先輩。俺を不幸にしたいんすか」

「ええ、そうよ?」

 あっけらかんとそう言い放つ月野先輩に、悪びれる様子など微塵もなかった。いたずらな瞳を俺に向けながら、前髪をいじっている。

「俺のこと嫌いだったんすね」

「え?やだなあ、勘違いしないで?私、日吉くんのことは大好きよ」

 なんでもなさそうな表情で、またしても問題発言をする先輩。この人には羞恥心がないのだろうか。

「……嫌いでもない奴の不幸を望むんですか?」

「ふっふっふ。若いなあ、日吉くんは」

「たった1歳の差じゃないですか」

「んふふ。コトはそう単純でもないのよ。海より深ぁい理由があるの」

 そう言って先輩は腕を回し、クロールのジェスチャーをした。指先まで隙がない、無駄に綺麗なフォームだ。

「日吉くんが不幸のズンドコに落ちたところで私が手を差し伸べれば、日吉くんの中で私の株は急上昇でしょ?」

「株を上げるためだけに、一旦俺を不幸のズンドコにたたき落とすのはやめてくれませんかね」

 理由があるのはわかったが、別に海よりは深くなかった。水深数十センチほどの子供用ビニールプールで事足りそう。環境問題を考えそこまで低く温度を設定されていないこの図書室でそんなことを考えていると、今ごろ炎天下の中を水中で舞っているであろう水泳部が心底羨ましくなる。

「そうなれば、日吉くんは私にメロメロよ?なんだって言うこと聞いてくれるんだから」

「……まあ、実現したとしましょう。その場合、俺に何を言いつけるつもりですか?」

「そうね……とりあえず、私の椅子にでもなってもらおうかな」

「ドSが過ぎます」

 思ったよりもキツいお願いが飛び出しやがった。

 無垢そうな顔してるくせに、やっぱり月野先輩はどこまでいっても月野先輩だ。

「日吉くん体格良いからなあ。初めて会った時から、『椅子にしたい!』って決意したものだよ」

「出来ることなら決意として秘めたままにしてほしかったっすけどね」

 溜息と共に、俺は肩を竦めた。勘弁してくれ。

「椅子が欲しいならホームセンターにでも行ってくださいよ。俺を椅子にしたい考えを消滅させるぐらい良い椅子、選びますから。そのためなら全然付き添いますから」

「あら?それって、デートのお誘いかな?マセてるのね、日吉くんは」

「…………」

 んふふふふ、と魔女のような笑みを浮かべる月野先輩。肺の底から、先ほどのものとは比べようもない本気の溜息が漏れた。

 のれんに腕押ししているようなこの感覚がじれったい。

「…………まあ、夏休みですしね。先輩の買い物に付き添うぐらいには、ヒマですよ」

「友達いないものね?日吉くんは」

「ほっといてください」

 クラスの賑やかな連中は、きっと仲間内で行うキャンプや海水浴の計画を立てていて、時間などあっという間と感じていることだろう。

 俺は人ごみが苦手なので別に羨ましいとはこれっぽっちも思わないけれど、まあ俺のように、冷房の効いた部屋で自堕落な夏を過ごすことが確定している奴と比べれば、健康的だろうなとは思う。

「その様子だと、彼女もきっといないでしょう?」

「うっせーっす」

「あはは、わっかりやすーい!」

 腹を抱えてけたけたと笑う月野先輩。先輩を好き勝手暴走させる夏の暑さと、人のいない図書室が憎い。

「……どうせ先輩にだって、彼氏とかいないでしょ」

「どうしてそう思うのかしらん?気になるのかしらん?」

「先輩みたいにめんどくさい先輩、モテるとも思えませんし」

「ナマイキ言うじゃ〜ん!」

 距離を詰め、俺の右肩の辺りをばしばしと叩く月野先輩。勢いがあるせいでわりと痛い。

「私には、身長185センチ年収1000万の一流企業オーナーの年下ハーフで細マッチョなイケメン彼氏がいるんだから!」

「冗談は伝説だけにしてください」

 そんな設定がごっちゃごちゃな男がいてたまるか。そんなハイスペックな男が仮にいたとして、先輩みたいな支離滅裂な人を選んでたまるか。あとどうでもいいが、一流企業のオーナーは年収1000万なんてもんじゃないと思う。

「大体、伝説なんて誰が言ってんすか」

「ちょっと待っててね」

 すると先輩は立ち上がり、図書室の隅の方の本棚に向かった。その中から一冊の薄い本を取り、こちらに戻ってくる。

「……部誌?」

「そ。私も所属する文芸部が、隔月で発行しているものよ。これは最新のやつ」

 B5用紙の束を製本テープで留めたものが、先輩から手渡される。表紙には縁側で涼む少女の絵が描いてあった。にこにこと笑う先輩の言外の主張に負けてそれをを開いてみると、1ページ目の目次の一番下に、それはあった。

「……《今月の伝説》?」

「そう。今月の伝説」

「……伝説が月替わりでいいんすか?」

 伝説などという大仰なものが、そんなころころと変わっていいのだろうか。

 ファミレスのデザートじゃあるまいし。

「たくさんの伝説があった方が華やかでしょ?そういう考えのもと、何十年も前の先輩方が議論の末定めたらしいわ」

「思いっきり人為的じゃないっすか」

 伝説ってもっとこう……裏門の大きな桜の木の下で告白すると想いが届くとか、妖精とかお化けとか、何というかそういう、雰囲気のあるものじゃないのか?勝手に決めちゃっていいのか?

「占いコーナーとかだって、ライターが書いた人為的なものでしょう?誕生月や血液型が同じだけで、誰もが同じ未来を迎えるわけないじゃん!」

 そんなもっともらしいまとめ方をされては、もはや口を挟む余地もない。と言うよりもはや、めんどくさくなってきた。

『伝説と言ってもしょせんは誰かが言い始めたもの』という前提を受け入れなければ、話が先に進みそうもない。

「……《今月の伝説》ってことは、先月も先々月もあったわけですよね」

「もちろん。来月も再来月もあるわよ?」

 俺は目次を参照して、伝説が記されているページを開いた。隔月発行、とのことなので、《今月の伝説》の上には《先月の伝説》ももちろんあった。

「……『授業をサボって屋上でふて寝をすると世話焼きの委員長となんやかんやでラブラブになる』?」

「来月は『校庭の草むしりをすると冷たいジュースとお菓子が貰える』だったかな」

「単なるボランティアと報酬じゃないっすか、それは」

 夏休みの奉仕活動の告知はともかく、世話焼き委員長はもはや空想の産物である。好き勝手に決め過ぎだろ。

「まあ、内容なんて些細なことよ。脈々と、何かをずっと受け継ぐのって、それだけでステキだと思わない?」

「……まあ、もう、それでいいです」

 校庭からは運動部の活気のある声が、別の校舎からは吹奏楽部の楽器の音が響いてくる。心なしか、普段よりもハリを感じる。

 高校生をハツラツとさせる魔力を持つ、夏休み。

 時刻はそろそろ2時を迎える。

「結局誰も来ませんでしたし、鍵締めてさっさと帰りましょう」

「あ……その前に」

 月野先輩は手のひらを見せ俺を制止した。

 そして立ち上がり、例の無駄な芸術性を感じさせる変なポーズをとった。


「大好きな日吉くんが、私のことを大好きになりますように!」


 またしても訪れた静寂。

 頭上に掛けられた時計の短針が『2』を指すカチッという小さな音さえよく聴こえてくる。

「ふー、危ない危ない。《今月の伝説》は今日の13時ジャストから13時59分の間だけだからね。これを逃すと次は来年になっちゃう」

 無駄な芸術性を感じさせる変なポーズを解いて、月野先輩は無垢に笑った。

「……なんすか、その願い事」

 やれやれ、本当に冷房の効かない部屋だ。

 暑くて仕方がない。

「本気だよ?私の軽口に付き合ってくれるのなんて、日吉くんぐらいだもん」


 それはーー別に。


 体格といかつい顔つきと人見知りな性格のせいで、入学以降友達はおろか話し相手さえ出来なかっただけであって。

 人数合わせで入った図書委員で、近くの席だった月野先輩だけがたまたま俺に話しかけてくれただけで。

 今日だって、先輩のクラスのもう一人の委員の人が欠席だと言うから、俺が手伝いに駆り出されただけで。


  ただ、それだけの理由でーー


「長い夏休みだもん。ホームセンターで椅子探すだけじゃ終わらないでしょ?もっと日吉くんと色んな所に行きたい。色んな日吉くんを知りたい。だから、日吉くんが私のこと大好きになれば、きっと楽しい夏休みになると思わない?」

 運動部の声も楽器の音も、この空間には響かない。

 月野先輩の声以外、俺の耳には届かない。

 それがとてもくすぐったくてーーじれったい。

「それにもしフラれても、40日間で復活すればいいわけだし」

「……バカなこと言ってないで、さっさと帰りますよ」

 俺は立ち上がって、足元に置いてあったカバンを取って肩に掛ける。受付の机の端に置いていた図書室の鍵を持ち、出口へ向かう。月野先輩も荷物を持って、俺の後に続く。

「……なるほど。伝説はしょせん、伝説にしか過ぎないってことね。占いコーナーみたく、当たることもあれば外れることもある。よーくわかった!ありがとう、日吉くん!」 

 元気よく張られた先輩の声が俺を、内側から揺らす。

「あーあ。結局伝説なんて、単なる作り物に過ぎないんだなあ。そんなものに、力なんてないんだね」

 廊下に繋がる引き戸を空けると、からからと小気味の良い音がした。冷房の効かない図書室さえマシに思える、むわっとした熱気が俺を包む。

「……そんな、テキトー過ぎる伝説に力なんてあるわけないでしょ」


 そんなふざけたものに、力など。


 あっていいはずがないのだ。


「最初から叶ってる願いなんか、伝説の野郎にだって叶えようないっすよ」


 少しの間を空けてから先輩が弱々しく発した言葉が、運動部と吹奏楽部に掻き消される。そこにセミの鳴き声まで加わって、やかましいったらありゃしない。

 全く……どいつもこいつも、誰も彼も、先輩も俺もーーハイな気分にさせやがる。

 夏ってやつは、ズンドコズンドコと騒々しい奴だ。






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※この作品は以前『小説家になろう』上に投稿したものに、若干の修正を加えて再掲したものです。