暗くて愚かなニクいやつ。

俺はお前を殴らないからお前も俺を殴らないでおくれ

優柔不断な元性犯罪者が女の子を助けたら懐かれてしまった時の話【小説再掲】(6000文字程度)

『うーん』


「……」


『あのさ』


「……」


『……』


「……」


『そろそろ離してもらってもいい?』


「……」


『そんな力強く裾引っ張られたらしわになるって』


「……」


『参ったな』


「……」


『あっ、そうだ!コンビニ行こう、コンビニ!なんか食べたいものある?』


「……やきとりがいいです」


『オッケ!もうおじさん、やきとり買い占めちゃうから!』







『どう?美味しい?』


「……はい、美味しいです」


『よかった。落ち着いたみたいだね』


「時空が歪むぐらい美味しいです」


『やっぱりまだ落ち着いてないみたいだね』


「へくちっ」


『うわあ、寒いよねえやっぱ』


「へくちっ」


『ええっと、ティッシュ持ってたかな』


「へくちっ」


『あああっ、とりあえずおじさんのコート着てよ、コート』


「……あったかいです」


『ふぅ、それはよかった…… クシュン!』


「あっ……」


『いやー、面目無い』


「やっぱりお返ししま……」


『いや大丈夫大丈夫!おじさん大丈夫だから!それよりどう?もう一人でも帰れそう?』


「……」


『あー、無理そうか』


「すみません……」


『いいよいいよ、キミは何も悪いことしてないんだから』


「すみません……」


『だから謝らないでって』


「すみません……」


『……とりあえず、寒いしうち来る?ここからすぐーー』


「お邪魔します」


『実に食い入るような即答だね』







「はあー、とってもあったかいです」


『コート回収しまーす』


「あっ、はい」


『コーヒー飲む?』


「あっ、いただきます」


『砂糖はいくつ入れる?』


「なしで大丈夫です」


『ブラックとは大人だね』


「すみません、何から何まで」


『いやいや』


「本当に、感謝してもしきれないです」


『おじさんに感謝なんてしないでくれ。おじさんは悪い人なんだ』


「え?」


『ぼくみたいな冴えないおじさんがさ、キミみたいな若い子を家に連れ込む意味って、わかる?』


「えーっと……」


『男はオオカミなんだよ』


「つまり私はこれから、襲われちゃったりするんですか?」


『失望したかい?』


「……いいえ、そんなことないです」


『え?』


「さっきお兄さんが私を助けてくれた時ーー私は、ときめいてしまったんですよ。ときめいて、惚れてしまったんです」


『……』


「惚れてしまったら、もう私の負けなんです。敗者は勝者に従う義務があります。だから」


『……キミはつまらない子だね。冗談が全く通じない』


「よく言われます」


『でも、面白い子だ』


「初めて言われました」


『よかったら、おじさんともう少し話していかないかい?幸い時間なら、腐るほどあるんだ』


「幸い、私も時間を持て余し過ぎて腐りそうだったんです」


『よし、そうと決まれば追加のやきとりを買いに行こう』







『うー、やっぱり外は冷えるね。暖房暖房』


「あの、お兄さん」


『さっきから思っていたけど、お兄さんはやめてくれ』


「お兄さん、さっきから自分のことおじさんって呼びますよね」


『おじさんはおじさんだからなあ』


「でも、すごく若く見えますよ。お兄さんって呼ぶのがピッタリなぐらい」


『キミ以外の人から見たら、おじさんはおじさんかもしれないよ』


「どういうことですか?」


『自分の価値観なんてアテにならないってことだよ』


「じゃあ他人の価値観はもっとアテにならないってことですね」


『ああ言えばこう言うなあ』


「自分の価値観に基づいて、これから先もお兄さんと呼ばせていただきますね」


『これから先も僕みたいなのと会う気なのかい?』


「はい。惚れていますから」


『惚れられちゃしょうがないな』


「お兄さんは今、誰かに惚れていますか?」


『おじさんは今、自分に惚れているよ。自己陶酔と言い換えることもできる』


「お兄さんカッコいいですもんね。無理もないです」


『ツッコんでくれよ』


「ツッコむところでしたか」


『やっぱり冗談が通じない子だ』


「最近誰かにも言われました、それ。誰に言われたんでしたっけ……」


『僕だよ、僕。さっき言ったばっかじゃん』


「ああ、そうでした」


『大ボケなキミにツッコミは無理だったか』


「めんぼくです」


『ところで、なにか僕に聞きたいことがあるんじゃないの?』


「なんでわかったんですか!?エスパーですか!?」


『さっきキミが「あの、お兄さん」って話しかけてきたばかりでしょ』


「そうでした」


『それで、どうかした?』


「お兄さんはどうして、私を助けてくれたんですか?」


『うーん、助けたつもりはないけど』


「でも、ガラの悪い人たちを追い払ってくれました」


『……過去の自分ってさ、恥ずかしいもんだろ?』


「過去の自分…… ですか?」


『ただ僕はさ、過去の自分を思い出して、恥ずかしくて仕方なくなったわけだよ。キミに群がる、あの若い男の子たちを見てさ』


「はあ」


『つまり僕は昔の僕を殴ったに過ぎないってこと。ただ単に、自分の黒歴史に耐えられなくなったんだ』


「お兄さんって、昔は悪い人だったんですか?」


『今もだよ。生きる価値もないゴミクズさ』


「うーん」


『失望した?』


「いや、ちょっと不思議だなって」


『なにがだい?』


「お兄さんみたいに、こんなに良い悪い人がいるなんて、世界はなんていびつなんだろうなあ、って」


『強情だなあ、本当に』


「それが私の価値観みたいなので、そう思うことにします」


『惚れられるのも困りもんだな』







「おじゃましまーす」


『ここんとこ毎日来るなあ』


「鍵が開いているものですから」


『キミは鍵が開いていたら、人の金庫の中もさばくる子なのかい?』


「そこにお兄さんのハートが入ってるのであれば、盗難も辞さない覚悟です」


『そこは辞してくれ』


「逆に、私の金庫の鍵は常に開いていますよ。お兄さん」


『常にってそんな、コンビニじゃないんだから』


「24時間営業ですよ」


『僕は悪い人だけど、盗難はしない』


「そんなこと言って、お兄さん。わたしの大切な物を奪っていったじゃないですか」


『なにか奪ったっけ』


「それは、私のここ……」


『言わせないよ!』


「惜しい!」







「そういえば、前から聞こうと思ってたんですけど」


『なに?』


「お兄さんが私のことを好きになる可能性ってどれくらいありますか?」


『キミが本当に僕のことを好きにでもならない限りは0%かな』


「私、お兄さんのこと好きですよ」


『それは一時の気の迷いだよ。キミは今、一つの迷路に迷い込んでいる』


「迷路ですか」


『そう。それは決して難しい迷路ではなく、出ようと思えばいつでも出れる程度のものだ』


「でも私、迷路ってゴールした試しがないんですよね。だから今回もきっと抜け出せません」


『うーん、キミは大ボケ者だからねえ』


「そうです、大ボケです」


『自分で言うかね』


「だからツッコミのお兄さんがいないと成り立たないんですよ。この大迷宮は」


『……まあせいぜいキミの道標になれるように頑張るよ』


「道標になれるまでは、一緒にいてくれるってことですか?」


『ほんとああ言えばこう言うなあ』







「お兄さーん……」


『……』


「ダメですよ、そんなとこ……」


『……』


「……むにゃ」


『なんて幸せそうな寝顔だ』


「えへへ」


『夢の中で照れないでよ』


「お兄さーん」


『鍵をかけない僕も僕だけど、勝手に上がり込んでおいて寝入るキミもキミだからな』


「えへへ」


『だから夢の中で照れるなって』







「……あれ?寝ちゃってた」


『……』


「あっ、お兄さんも寝てますね」


『……』


「今ならいたずらし放題ですかね」


『……』


「とりあえず素敵な寝顔を激写して未来永劫ケータイの待ち受けに…… あっ、ケータイがない!一生の不覚!」


『……』


「……とりあえずこの素敵な寝顔を恥ずかしいぐらい近くで見てしっかりと脳内メモリーに焼き付けておきましょう」


『……』


「お兄さー……」


『……ぃ』


「え?」


『ごめんなさい…… ごめんなさい……』


「……泣いてるんですか?」


『ごめん…… な……』


「……」


『……』


「えいっ」


『……』


「お兄さんがなにを謝っているのかはわかんないですけど…… せめて夢の中でぐらい、私のふとももの上でぐらい、楽にしてください」







『んん……』


「起きました?」


『……僕、なんか寝言言ってた?』


「はい、思いっきり」


『……なんて言ってた?』


「『ぐへへ、ねえちゃん。ふとももさせろや』って言ってました」


『嘘だ』


「私のことを言ってくれているかどうかはわかりませんでしたが、ここにねえちゃんと呼ばれて然るべき存在が私だけしかおりませんでしたので、僭越ながら私めがふとももさせていただきました」


『嘘だ嘘だ嘘だ』


「強情なんですね」


『キミに言われたくないよ』


「素直になってくださいよ」


『現実でぐへへって笑ったことないよ』


「じゃあ私のふともも、良くなかったですか?」


『それとこれとは別だよ』


「一向に頭を上げないですもんね」


『ふとももさせろや発言の責任はしっかり取らないと』


「私のこと、好きになっちゃいましたか?」


『それとこれとは別だよ』


「うーん、じゃあこの際身体目当てでもいいです」


『ふとももね、正確には』


「あっ、じゃああの言葉言ってくださいよ!本当に私のふとももを想っているのなら!」


『……ええ?』


「とってもワクワクします」


『……』


「……」


『しょうがないな……』


「やった!」


『……』


「……」


『……ぐ』


「ぐ?」


『……ぐへへ』


「ぐへへ~」







『いつもここには、学校が終わってから来るのかい?』


「そうですね。チャイムが鳴ったら速攻ダッシュです。運動部もビックリです」


『学校帰りに一緒に遊ぶ友達とかいないの?』


「友達はいますけど、その友達との間にあるものが本物の友情かと問われたら、それはうーんと唸らずにはいられません」


『キミみたいに若い子はもっと気楽に構えてていいと思うんだけどなあ』


「私にはお兄さんがいるから大丈夫です。これは本当の愛情なので」


『それこそ、うーんと唸るべきだよ』


「お兄さんは友達っています?」


『うーん、おじさんみたいな悪い人に友達なんていないよ』


「そうなんですか?」


『それに、いらないよ。おじさんみたいな悪い人は、そのうち消えちゃうからね』


「消える?」


『そう。おじさんみたいに悪い人はある日、パッと消えるものさ。消されると言ってもいい』


「まるで手品ですね」


『そう。種も仕掛けもありません』


「チャラララララー、ですね」


『チャラララララー、だよ』


「実は私、手品できるんですよ」


『そうなんだ?』


「手品同好会の部長なんですよ」


『部長なのに放課後すぐここに来てもいいの?』


「不定期活動のお気楽クラブなので、まったく問題ないです」


『そういうもんなのか』


「まあとりあえず、種も仕掛けもないコレを見てください」


『コレ?』


「さあ、あなたはだんだん眠く……」


『それって催眠術じゃん、とはツッコまないよ』


「惜しい!」







「お兄さん」


『なんだい?』


「私、お兄さんと会えてよかったです」


『急にどうしたのさ』


「お兄さんといると楽しいし、嬉しいし、学校での嫌なことも忘れさせてくれるぐらい暖かい気持ちになります。だから、これだけは言わせてください」


『……』


「本当に、ありがとうございました」


『ははは、まるで消えちゃうみたいな物言いだね』


「私はどこにも行きませんよ」


『そっか』


「だからこれからも、私と一緒にいてください」


『……』


「……私じゃ、ダメですか?」


『……いや』


「じゃあ」


『キミだから、って問題じゃないんだよ。この話はーー僕は悪い人だから、人から感謝されちゃダメなんだ』


「そんなこと…… お兄さんは悪い人なんかじゃ」


『これ以上僕といたら、キミも悪い人になってしまうよ』


「お兄さんといられるのなら、悪い人にだってなれます!なりたいです!」


『キミはもっと、別の何かに成るべきだ。そして』


「お兄さん!」


『消えるのは、僕だ』







「お兄さーん、来ましたよ」


「あれ?いないんですかー」


「せっかくやきとり買ってきたのに」


「一人じゃ寂しいじゃないですか」


「あれ?これ……」


「5円玉に糸がくくってある」


「お兄さんも手品やってたのかな」


「『それって催眠術じゃん』のお言葉、まだいただいてませんね」


「どうすれば言ってくれるんでしょうか」


「うーん」


「……」


「なんか考えてたら、手品同好会が懐かしくなってきました」


「みんな元気かなあ」


「久しぶりに活動しようかなあ」


「どう思います?お兄さん」


「お兄さーん」


「……おかしいなあ」


「まだ道標になってもらってませんよ」


「私って大ボケですから、一人じゃこんな大迷宮出られませんよ」


「約束が違いますよ、お兄さーん」


「もうっ、約束を破るなんて悪い人ですね。お兄さんは」


「うーん……」


「遅いなあ。早く帰ってこないかな」


「そうだ、寝たふりしておこう」


「きっとお兄さんなら、ふとももを貸してくれるはずです」


「楽しみだなー」


「……うーん」


「床の上で寝ると硬くて頭が痛いんですから、早くしてくださいよ」


「返事してくださいよ、お兄さーん」


「お兄さーん」





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※この作品は以前『小説家になろう』上に投稿したものに、若干の修正を加えて再掲したものです。